ホルモン補充療法

ホルモン補充療法とは

hormone treatment

1960年代から、アメリカを中心に、エストロゲンの効果がとりだたされ、エストロゲン補充療法が行われるようになり、「永遠の女性」を求めて、大変ブームになりました。しかし、1975年頃よりエストロゲン服用者に子宮内膜癌の発生率が高いことが報告され、エストロゲン補充療法は急速に下火となりました。

しかしその後の研究で、子宮癌の発生を抑制するプロゲステロンというもう一つの女性ホルモンと併用することで、ホルモン補充療法を受けなかった人よりも、ホルモン補充療法を受けた人の方が子宮体癌の発生率が低下するという結果が認められ、安全な治療法であることが証明されました。

こうして、1983年頃より二つの女性ホルモンを用いたホルモン補充療法が復活し、日本でも普及するようになってきました。

現在、私たちが行っているホルモン補充療法は、こういった2種類の女性ホルモンを投与する方法で、非常に安全な治療法です。

欧米では、現在このホルモン補充療法は、女性としての若さや美しさを保つための治療法として人気が高く、更年期障害に悩む女性だけでなくふつうの閉経後の女性が高齢化社会を元気に生き抜くために必須の治療法として、2~3人に1人が治療を受けています。

ホルモン補充療法の副作用

副作用として、乳房の張りや性器出血などがありますが、若さを取り戻した一つの現象ととらえていただくか、また、薬の投与方法などで調節することも可能です。また、胃腸症状などを訴えられる方も、時にありますが、これも薬の投与方法で改善することができます。

吉井クリニックでは、症状、年齢、基礎疾患により、それぞれの方に適した投与法で治療を行っていきます。


ホルモン補充療法が受けられない
患者さんには

しかし、基礎疾患によりホルモン補充療法を受けることが出来ない場合や、ホルモンに抵抗を感じる場合にも、色々な治療法を提供しています。

そのため当院では、カウンセリングにより個人個人にあった適切な治療法を選択し、ご本人とじっくり相談した上で治療にあたります。

現在、当院で行っている更年期障害の治療法としては次のようなものがあります。 個々の症状や治療効果、副作用などをみながらこれらの治療法を組み合わせ治療を行います。

point

  • ホルモン補充療法
  • プラセンタ療法
  • 漢方治療
  • 星状神経節ブロック
  • アロマセラピー
  • 食事療法、運動療法

女性の健康管理

平均年齢が80歳代を迎えた今日、女性は人生の半分をホルモン欠乏状態ですごすことになります。
女性の場合、生活習慣病は生活習慣のみならず、ホルモンのバランスに密接に関係しています。

吉井クリニックでは、女性の健康管理を行う上で、ホルモンのチェックは不可欠であり、そのバランスを整え、将来起こりうる骨粗鬆症や心血管系疾患、さらには老人性痴呆などを予防し更年期以後の人生を女性らしく生き生きと過ごせるように適切なケアをも指導する必要があると考えています。

また、様々な女性の症状の背後にある治療すべき疾患を見つけだすため従来より行われている消化器・循環器・呼吸器などの疾患や乳癌、子宮癌のチェックも必要であり、多方面から全身管理を行っていく必要があると考えています。

女医が書いた美しさと健康の秘訣

Web book

女性の体を左右する女性ホルモン

ホルモンは体の恒常性を維持している

女性ホルモン、男性ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン・・・
どれも、皆さんにおなじみのホルモンでしょう。
ホルモンという言葉は、すでに日常生活の中にすっかり定着していますが、
それがどんな働きを持つものか、知っている人は案外少ないのではないでしょうか。
ホルモンはギリシャ語で、「目覚めさせる」とか「呼び覚ます」という意味を持ちます。
つまり体の各部に働きかけて、成長を促したり代謝を促進させるなど、
その機能を目覚めさせる物質と考えられていました。
ところが、最近になって機能を抑制するホルモンも見つかっていますから、
その働きはなかなか複雑です。
体内で分泌されているホルモンは却種類以上にものぼり、
生体機能を維持するうえで非常に重要な役割を果たしています。
私たちの体は、外のどんな変化に対しても一定の状態を保っています。
たとえば外気が10℃になろうと20℃になろうと、体温はつねに約37℃で一定ですし、
血圧も血糖値も一定の幅の中で上下しています。
これを生体の恒常性(ホメオスタシス)といいますが、この恒常性を維持するために働いているのがホルモンです。
ホルモンは、体の各部じある内分泌腺から分泌されます。
女性ホルモンはおもに卵巣から、男性ホルモンは皐丸から分泌されます。
内分泌腺から分泌されたホルモンは、血液の中に入って働くべき器官に送られますが、
血中濃度が低くなると脳にある視床下部がそれをキャッチします。
そして下垂体を介して、内分泌腺にホルモンを出すように指令を出します。
このとき下垂体が放出するのが、内分泌腺を刺激してホルモン分泌を促すホルモンです。
たとえば性ホルモンの場合は、性腺刺激ホルモンがそれに当たります。
この、ホルモン分泌の中枢である視床下部は、同時に自律神経系や免疫系の中枢でもあります。
自律神経は内臓の働きを支配し、血圧や体温、脈拍なEをコントロールする神経で、
内分泌系(ホルモン)や免疫系と並んでホメオスタシスの維持を担っています。
視床下部という小さな器官にこの3つの機能の中枢が隣接しているため、一方に混乱が起きると、
他方がその影響を受けることになります。
そこで自律神経失調症とホルモン異常や免疫異常が併発しやすくなるのです。

生体機能とホルモンの流れ

女性ホルモンは女らしさのもとである

女性ホルモンと男性ホルモンを、合わせて性ホルモンといいます。
まさに女性らしさ、男性らしさをつくるのがこのホルモンで、
思春期を迎えると女性の乳房がふくらみ、体つきが丸くなるのも、女性ホルモンの分泌が盛んになるからです。
女性ホルモンはおもに卵巣、でつくられて分泌されますが、副腎や皮下脂肪でも少しつくられます。
副腎は腎臓の上についている小さな器官で、ここの副腎皮質というところでは女性ホルモンだけでなく、
男性ホルモンもつくられます。
ですから女性の体にも男性ホルモンはあり、女性ホルモンとバランスをとりながら機能しています。
女性が女性としての役割を全うできるのは、まさに女性ホルモンがあるからです。
この女性ホルモンによって生理が始まり、女性の体はダイナミックな変化を遂げていきます。
乳房が大きくなり、腫や女性性器が発育し、体には皮下脂肪がついて丸みを帯びてきます。
20代から30代にかけて女性ホルモンの分泌はピークに達し、女性は成熟期を迎えるのです。
こうした変化はすべて、妊娠、出産、育児という、女性の生殖活動のための準備です。
そしてその役割を終えたとき、卵巣は静かに機能を停止し、女性ホルモンの分泌も止まります。
うに女性としての一生は、女性ホルモンなしには成り立ちません。

2つの女性ホルモンが月経周期をつくる

女性ホルモンとひと言でいいますが、女性ホルモンには2つのホルモンがあります。
ひとつは「エストロゲン」で、卵胞から放出されるので「卵胞ホルモン」ともいいます。
もうひとつは「プロゲステロン」で、こちらは黄体から放出されるため「黄体ホルモン」といいます。
この2つのホルモンが微妙にバランスを保ちながら、月経周期をつくっています。
さて、女性ホルモンが卵巣から分泌されるには、下垂体から分泌されるホルモンが必要です。
先ほども書いたように、血液中に女性ホルモンが不足したり過剰になると、
脳の視床下部がそれをキャッチし、卵巣に女性ホルモンを分泌するように指令を出します。
その指令役が、下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(「卵胞刺激ホルモン」と「黄体形成ホルモン」)なのです。
卵巣の中には、たくさんの原始卵胞があります。
この原始卵胞は、下垂体から放出される卵胞刺激ホルモン(FSH)の刺激によって成熟します。
成熟した卵胞からはエストロゲンが分泌され、これが血中に多くなると下垂体から黄体形成ホルモン(LH)が放出されます。
これは排卵を促進するホルモンで、この刺激を受けて卵巣は排卵します。
そして、排卵後の卵胞は黄体に変わり、ここから黄体ホルモンが分泌されます。
成熟卵胞から分泌されたエストロゲンは排卵の前にピークに達し、子宮の内膜を厚くしていきます。
排卵後は黄体からプロゲステロンが分泌され、受精卵が着床しやすいように準備を進めます。
ところが受精しないと両方のホルモンは減少し、子宮内膜がはがれ落ちて腫から排出されます。これが月経血です。
黄体が退化し、エストロゲンもプロゲス-アロンも分泌されなくなると、その情報が視床下部に届き、
再び卵胞刺激ホルモンが放出されることになります。
こうして月経周期がくり返されるわけです。
この一連の流れがうまくいかないと、生理不順や無排卵性月経、無月経などの原因になります。

生体機能とホルモンの流れ

工ストロゲンとプロゲステロンは相反する作用を持つ

女性ホルモンはエストロゲンとプロゲステロンを総称した呼び方ですが、
一般に女性ホルモンというとエストロゲンを指すことが多いようです。
というのも、女性らしさを発現させる機能を担っているのは、おもにエストロゲンだからです。
エストロゲンとプロゲステロンは、女性の体に対して相反した作用を持ちます。
どちらかといえばエストロゲンはよい方向に働き、プロゲステロンはマイナスになる方向に働くのです。
たとえば生殖器や乳房が発達し、女性らしい体をつくるのはエストロゲンの作用ですが、
プロゲステロンは、水分や脂肪を蓄えたり便秘になりやすくする作用があります。
つまり、栄養分を蓄えて肥満の方向に作用するのです。
これは女性の体を、いつ妊娠してもいい状況にもっていくためです。
妊娠すると胎児を育てるために水分や栄養分が必要になりますが、
プロゲステロンは栄養や水分を蓄え、その準備をするのです。
したがって受精しなければプロゲステロンは必要なくなり、減少します。
このプログステロンが分泌されている排卵後は、ダイエットをしてもやせにくい時期です。
プロゲステロンが過剰になり、むくんだりおなかが張ったり、皮脂の分泌が盛んになって、ニキピができやすくなります。
肥満に対しても、エストロゲンは女性の味方です。
脂肪細胞の分解を促進する働きがあり、やせる方向に作用するのです。
一方のプロゲステロンは、脂肪細胞に脂肪を蓄積させ、肥満の方向に働きます。
しかし、プロゲステロンが不要なわけではありません。
プロゲステロンがあるからこそ、エストロゲンの作用が生きてくるのです。
大切なのはバランスで、エストロゲンとプロゲステロンがバランスよくコントロールされていれば、
月経周期も規則正しく訪れ、健康も維持されます。
このバランスが崩れると、月経前緊張症のような症状が起きてきます。

女性ホルモンは生殖機能以外にも重要な働きを持つ

女性ホルモン(エストロゲン)の働きは、排卵や月経をコントロールするだけではありません。
女性の体のさまざまなところで、「えっ、これも」と驚くくらい多様な働きをしています。
まず、コレステロールを抑える作用があります。
更年期までの女性は、一般に男性に比べてコレステロール値はあまり高くありません。
これは女性ホルモンにコレステロールを抑える作用があるからです。
とくに悪玉といわれるLDLコレステロールを低下させ、善玉といわれるHDLコレステロールを増加させます。
そして血管を拡張したり、血小板の凝集を抑制して血液をサラサラにしてくれます。
血液や血管を健康に保つために、女性ホルモンはとても重要な役目を果たしているのです。
また骨の形成に対して、女性にとってはかけがえのない作用を持ちます。
カルシウムの吸収を助けたり、骨の骨格kもいえるコラ1ゲンの合成を高めるのです。
さらに骨からのカルシウムの自然放出(これを骨の吸収といいます)を抑制する作用があり、
全体として骨量を増やす方向に働きます。
女性ホルモンは、美容にも深く関わっています。
10代後半から20代までの女性は、それほどお手入れをしなくても、弾力のあるしっとりした肌をしています。
これは女性ホルモンの分泌が活発だからです。
肌に弾力があるのは、表皮の下の真皮にコラーゲン(腰原繊維)やエラスチン(弾力繊維)があるからで、
これらは肌の弾力を保ち、水分を保持する作用があり、減少するとシワやタルミの原因になります。
女性ホルモンにはこのコラーゲンの低下を抑制したり、肌の乾燥を防寸働きがあるのです。
先ほど述ぺたよラに、肥満にも女性ホルモンは関係しています。
エストロゲンは肥満を予防してくれるのです。
また躍の内部をうるおしたり、酸性にして、病原菌から睦や子宮を守る作用もあります。
こうした作用は、おもにエストロゲンによります。
女性ホルモンといえばエストロゲンを指すのも、エストロゲンがこのように女性の体を守ってくれるからです。

エストロゲンは更年期に急激に減少する

しかしこのエストロゲンが急激に減少するのが、更年期です。
男性ホルモンは徐々に減少していくので、男性はその影響をそれほど受けずにすみますが、
女性の場合は変化が急激なだけに、体がその変化についていけず、さまざまな症状を引き起こすことになります。
女性ホルモンの分泌が減少するのは、卵巣機能が衰えていくからです。
卵巣は親指の先くらいの小さな臓器ですが、女性にとってはとても大事な臓器です。
卵巣は子どもの頃は小さくて、ほとんど機能していません。
それがようやく機能しだすのは、思春期からです。
卵巣は少しずつ大きくなり、女性ホルモンを分泌するようになります。
第二次性徴が現れるのがこの時期で、初潮を見たり、乳房がふくらんできます。
子宮や腫などの生殖器も、妊娠に備えて発育していきます。
そして20代になるとますます卵巣は活発に機能します。
女性ホルモンの分泌も盛んになり、女性の体が妊娠・出産にいちばん適した時期を迎えます。
その卯巣の機能にかげりが見えはじめるのが、30代後半からでしょう。
エストロゲンやプロゲステロンがうまく分泌されなくなり、女性ホルモンのバランスが崩れてきます。
この頃から少しずつ、受精の確率が低くなり、妊娠しにくくなっていきます。
そして、刊代半ばを過ぎると、卵巣の老化は加速します。
機能が低下し、女性ホルモンも急激に減少して閉経に向かっていきます。
これが更年期で、卵巣自体もしだいに小さくなります。
閉経を迎えると、女性ホルモンの分泌はほとんどなくなり、数年後には完全にストップしてしまいます。
しかし、卵巣の機能が止まっても、女性ホルモンがまったくなくなるわけではありません。
副腎や皮下脂肪からつくられる女性ホルモンは、その後も分泌されています。

エストロゲンの分泌量の変化

女性ホルモンの不足が引き起こす女性の病気

女性の生活習慣病は女性ホルモンの減少が原因で起こる

生活習慣病は、生活習慣の積み重ねによって起きることからその名前がつきました。
ところが女性の場合、たんに生活習慣の積み重ねだけが原因ではありません。
エストロゲンの減少という生理現象が、大きく関わっているのです。
女性の健康や若さは、エストロゲンによって維持されている面が非常に大きいといえます。
その典型が、更年期を過ぎた女性に多い骨粗鬆症でしょう。
これはエストロゲンの減少によって骨量が減って起きる病気ですが、
若い女性や男性にはあまり見られません。
更年期を境にエストロゲンが急激に減少すると、女性の体はその影響をもろに受けます。
いままでと同じような食生活をしているのに、急にコレステロール値が上がったり、
高脂血症と診断されることがあり、戸惑う女性も多いのです。
女性の場合、やっかいなのは原因が女性ホルモンの減少という、
自分の努力では改善できないところにあることです。
生活習慣病なら、生活習慣を改善すれば少しずつ病気もよくなっていきます。
ところが女性ホルモンが分泌されなくなるのは生理的な現象ですから、防ぎようがありません。
エストロゲンの減少による更年期の症状は一時的なもので、
ある時期がくれば、きれいに消失します。
ところが生活習慣病は、慢性病となってその後も女性を苦しめます。
ケースによっては、寝たきりや痴呆、脳卒中など、重い後追症が残ってしまうことがあります。
この章では、エス卜ロゲンの減少によって起きる女性の生活習慣病について見てみましょう。

エストロゲンと体に現れる症状の関係

骨粗鬆症

若い女性にも増えている骨粗鬆症は、その名前のとおり骨が組くなり、
鬆が入ったようにスカスカになる病気です。
昔は腰の曲がったお年寄りをよく見かけましたが、これが骨粗鬆症の典型的な症状です。
腰や背中が曲がるのは、脊椎の骨量が減ったために、頭や体の重きを支えられなくなり、
脊椎骨がつぶれてしまうためです。
骨粗鬆症は男性もかかりますが、圧倒的に女性に多い病気です。
女性の50代で約2割、60代では約5割の人が、程度の差はあれ骨粗鬆症にかかっているといわれています。
女性は男性に比ぺで骨が細いうえに、カルシウムを出産や妊娠で消費してしまうこと、
そして女性ホルモンが更年期以降急激に減少することなどがその理由です。
一般に、骨を丈夫にするためには、カルシウムが必要だといわれています。
しかしカルシウムだけとればいいわけではありません。
カルシウムを吸収したり骨に定着させるためには、ビタミンDや女性ホルモンも同じように必要なのです。
骨は、見かけは同じように見えますが、絶えず入れ替わっています。
つまり古い骨は壊され(吸収され)、新しい骨が再生されているのです。
年をとって骨粗鬆症になるのは、骨が壊れるスピードに、新しくつくるスピードが追いつかないからです。
その原因になるのが、カルシウムや活性型ビタミンD、女性ホルモンの不足です。
ビタミンDは腎臓で活性型ビタミンDに変わり、腸管からのカルシウムの吸収を助げたり、
骨にカルシウムを運ぶ役目をしています。
一方、女性ホルモンは、骨に蓄えられたカルシウムが流出するのを防ぐ役目をしています。
また活性型ビタミンDをつくったり、骨の吸収を抑えるカルシトニンという物質の分泌を促進させます。
ですからこの2つがあって初めて、カルシウムは骨にしっかりくっつき、蓄えられるのです。
きて、体内のカルシウムの99%までは、骨や歯にあります。
そして残りの1%は血液中や細胞の中にあり、生体機能を維持する大切な働きをしています。
骨は、コラーゲンという繊維状のたんぱく質にリン酸カルシウムがくっついて形成されていますが、
同時にカルシウムの貯蔵庫でもあります。
体は血中カルシウムが不足したとき、骨からカルシウムを取って血中に取り込むのです。
ですからカルシウムが不足すると、骨からのカルシウムの放出が進んでいきます。
それに加えて、女性ホルモンの減少があります。
女性ホルモンが減少しても、骨からカルシウムが流出し、骨量がどんどん減っていきます。
骨粗鬆症にかかると体のあちこちに痛みが出て、ひどい場合は歩けなくなってしまいます。
またちょっと転んでも骨折しやすく、そのまま寝たきりになってしまうこともあります。
それが、痴呆の引き金になることもよくあるようです。
骨粗鬆症になってからカルシウムをいくらとっても、骨にはあまり蓄積されません。
また薬もなかなか効かないので、予防の第一は若い頃からカルシウムやビタミンDをせっせととり、
骨を丈夫にしておくことなのです。
ところが最近では、若い女性の中に、骨粗鬆症予備軍ともいえる人たちが増えてきました。
男性と同じように働くようになって強いストレスにさらされたり、
不規則な生活をして栄養が偏り、カルシウム不足に陥りやすいのです。
女性ホルモンがまだ十分あるうちから骨がもろくなってしまうのでは、先が思いやられます。
骨粗鬆症にかかっても、軽いうちなら女性ホルモンの投与で骨量が増えてきます。
それでシャンシャン歩けるようになる患者さんと、あちこち痛みが出て歩けない患者さんとでは、
生活の質に大きな聞きが出てきます。
骨粗鬆症は、予防医学の大切さを痛感する病気です。

高脂血症

血液を流れにくくして動脈硬化を促進する
女性ホルモンは脂質の代謝にも関係しており、血中コレステロールや中性脂肪の値に大きな影響を与えます。
一般にコレステロールというと体によくないものと思われがちですが、一定量は必要です。
細胞膜をつくったり、胆汁酸や性ホルモン、副腎皮質ホルモンの材料になるなど、大切な役目も持っているからです。
ところがこれが過剰になると、血液の粘度が高くなり、末梢血管まで流れにくくなります。
すると細胞に酸素や栄養分が供給されなくなり、さまざまな機能障害が起きてきます。
また血液が流れにくくなれば、心臓は強い力で血液を押し出さなければなりません。
そこで心臓への負担が増し、高血圧を併発することになります。
血管に対しても、悪い影響が出てきます。
血栓をつくったり血管壁を傷つけて、動脈硬化を促進するのです。
コレステロールとひと言でいいますが、コレステロールのすべてが動脈硬化の原因になるわけではありません。
動脈硬化を防ぐものもあるのです。
コレステロールにはLDLとHDLの2種類がありますが、動脈硬化や血栓の原因になるのは、LDLです。
LDLは体内にコレステロールを配る働きをしており、LDL受容体というレセプターに
取り込まれて細胞にコレステロールを供給しています。
ところが必要な量を取り込むと、レセプターはそれ以上LDLを取り込まなくなり、血中にLDLがあまってしまいます。
このLDLが酸化されて血管壁に蓄積されると、動脈硬化の原因になるのです。
一方、このあまったLDLを回収して肝臓に戻すのが、HDLです。
HDLがたくさんあればLDLも酸化されず、動脈硬化も防げます。
ところがHDLの回収能力を超えてLDLがあると、動脈硬化が進んでしまいます。
ですから、HDLとLDLのバランスが大切なのです。
こうしたことから、LDLは悪玉コレステロール、HDLは善玉コレステロールと呼ばれています。
エストロゲンは、総コレステロールとLDLを低下させ、
善玉のHDLを増加させるという、非常に賢い働きをします。
そのため閉経前までの女性は、男性ほど食事に気をつけなくても高脂血症や動脈硬化のリスクが低いのです。

動脈硬化

脳卒中や心筋梗塞につながる
日本人の死因で多いのは、1位のガンを除くと心疾患や脳血管疾患で、どちらも循環器系の病気です。
この循環器の病気を引き起こすのが、動脈硬化です。
動脈硬化は、動脈壁が硬くもろくなる病態で、冠動脈(心臓に栄養を送っている動脈)で起きると
心筋梗塞や狭心症を引き起こし、脳動脈で起きると脳卒中などの脳血管障害を引き起こします。
長いこと同じホースを使っていると、中に水垢がたまり、だんだん水が流れにくくなります。
そしてホースも硬くなり、ひび割れてきます。
動脈硬化はちょうどそんな状態で、血管の老化ともいわれています。
年をとるとだれでも少しずつ血管は老化し、動脈硬化が進んでいきますが、
それを加速させるのがLDL、すなわち悪玉コレステロールなのです。
血中にあまったLDLは活性酸素によって酸化され、酸化LDLに変わります。
しかし体はうまくできているもので、この酸化LDLを白血球のひとつであるマクロファージが食ペて片づけてくれます。
ところがあまりにも酸化LDLが多いと、マクロファージも処理しきれなくなってきます。
それどころか、食ぺ過ぎてパンクしてしまうのです。
このマクロファージの死骸やあまった酸化LDLが、動脈硬化を引き起こします。
女性ホルモンが減少する閉経後はとくにLDLが増えるので、動脈硬化のリスクが急激に高くなります。
しかも食事に気をつけたり、運動をするだけでは改善されません。
生活習慣の改善もさることながら、原因である女性ホルモンを補充することが予防や治療の近道なのです。

痴呆症

骨粗鬆症と脳卒中の併発で危険度が増す
社会の高齢化にともなって、今後ますます増えると予測されるのが痴呆です。
痴呆の増加は先進国共通の悩みであり、いまや社会問題化しています。
日本でも21世紀には、痴呆人口が200万人を超えるといわれています。
痴呆には、脳血管障害の後遺症で起きる脳血管性痴呆と、脳自体が萎縮してしまうアルツハイマー型があります。
日本人はもともと脳血管性が多かったのですが、最近はアルツハイマー型や両者の混合タイプが増えてきました。
しかし、これだけ痴呆が増えているにもかかわらず、痴呆に対する有効な治療はいまのところありません。
これまで使われていた脳代謝改善薬がことごとく効かないことがわかり、
新しく開発された新薬もせいぜい進行を止める程度で、期待薄だそうです。
治療薬がない以上、痴呆にかからないようにすることが、私たちにとって最大の防御です。
脳血管性痴呆は、脳梗塞や脳出血で脳細胞が壊死したり脳の機能が障害を受けて起こります。
動脈硬化のリスクが高くなる更年期以降、やはり気をつけなければならない病気です。
とくに女性の場合、骨粗鬆症で歩けなくなり、さらに脳梗塞や脳出血を併発して寝たきりになってしまうケースがあります。
その場合、そのまま半身不随になったり痴呆が進むことがありますから、くれぐれも注意しなくてはなりません。

肥満

生活習慣病の温床になる
更年期を過ぎると、太りだす女性が多いようです。
もともと加齢とともに基礎代謝が低下して体脂肪がたまりやすい傾向にありますが、
そのうえ更年期を迎えて女性ホルモンが減少すると、さらに体脂肪が蓄えられやすくなるのです。
エストロゲンには、脂肪細胞に蓄えられた脂肪を分解する作用があります。
したがってエストロゲンの減少は、体脂肪の増加につながるのです。
しかし、脂肪組織の中には、男性ホルモンを女性ホルモンに転換する酵素(アロマターゼ)が含まれています。
したがって、肥満の人はエストロゲンの産生が多いのです。
ですから太っている人のほうが、更年期障害が軽くすむ傾向があります。
とはいえ肥満は、いまやたんに美容上よくないというだけではすまなくなっています。
立派に生活習慣病のひとつだからです。
日本肥満学会では、BMI(ボディマス・インデックス)が30以上の人を、肥満症と定義づけています。
肥満症と診断されれば、医療機関で肥満治療を受けなくてはなりません。
肥満は、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病とかなり高い頻度で合併します。
生活習慣病発症の基盤として、必ず肥満があるといってもいいでしょう。
さらに、変形性関節症や腰痛も併発しやすくなり、老後の生活の質を著しく損ないます。
生活の質のことをQOL(Quality of Life)といいますが、年をとっても病気になっても、
日常生活をふつうに送れることがいちばんの幸せではないでしょうか。
医療現場でも、QOLを低下させない治療が、いま求められています。
このようにエストロゲンの減少は、動脈硬化だけでなく肥満も促進しますから、
女性にとっては生活習慣病のリスクが二重に高まります。
閉経は、女性の体を大きく変化させてしまうのです。

若さと美しさを奪う女性ホルモンの減少

女性ホルモンはお肌の老他にも関係する

女性の一生の半分は女性ホルモンの影響下にありますが、
女性ホルモンが順調に分泌されている若いときは、私たちはそのありがたみに気づきません。
それをふつうのこととして享受しているからです。
しかし、いざ女性ホルモンのバランスが崩れたり、分泌量が減少すると、
その作用の大きさに改めて気づかされます。それが、更年期でしょう。
女性ホルモンが分泌されなくなって、患者さんがまず訴えるのが体の不調です。
しかし、そのつらい症状がおさまると、次に必ず目がいくのがお肌や髪の状態です。
乾燥してうるおいがなくなった、小ジワやシミが目立つようになった、
あごや頬がたるんできた、髪のつやがなくなってパサつく、髪が薄くなった・・・。
こうした今まで気づかなかった肌や髪の衰えに気づいて、愕然とするのです。
そして初めて、肌や髪がいかに女性ホルモンに守られていたか、気づかされます。
女性ホルモンが減少すると、肌の保湿力が低下し、
真皮の結合組織(コラーゲンやエラスチンなEの繊維)が減少してきます。
また、角質のタ1ンオーバーのサイクルが乱れてきます。
ターンオーバーというのは表皮の新陳代謝のことで、
表皮のいちばん下にある基底層でつくられた皮膚細胞が表面の角質層に届き、
垢になってはがれ落ちるまでのサイクルをいいます。
健康な人なら約4週間かかりますが、このサイクルが年をとると遅くなったり乱れてくるのです。
以上のようなことから、肌の老化は一気に進んでしまいます。
髪も皮膚の一部、ですから、同じように老化が目立ってきます。
ホルモンの影響を受けるのは、閉経期だけではありません。
ホルモンのバランスが崩れやすい思春期や月経前にも、
皮膚はその影響を受けて、ニキピや吹き出物ができやすくなります。

皮膚と表皮の断面

ニキピ・吹き出物

春期や月経前はホルモンのアンバランスに注意する
「20歳まではニキビ、20歳を過ぎたら吹き出物」とよくいわれますが、
ニキビと吹き出物は基本的には同じもので、どちらも尋常性痙瘡といいます。
毛穴に皮脂が詰まって起きる炎症で、いくつかの要因が複合してできます。
まず、毛穴を詰まらせるのは、表皮のいちばん表面にある角質です。
皮膚のターンオーバーがうまく行われないと、角質は正常にはがれ落ちなくなり、毛穴が狭くなってきます。
毛穴からは皮脂が分泌されますが、毛穴が狭いと外に分泌されず、中に詰まってしまいます。
その皮脂が活性酸素によって酸化され、さらにアクネ菌や細菌が炎症を起こしてニキビができます。
思春期にニキビができやすいのは、女性ホルモンと男性ホルモンのバランスが不安定だからです。
男性ホルモンのテストステロンは皮脂の分泌を慌し、
女性ホルモンのエストロゲンは皮脂の分泌を抑制する作用がありますが、
男性ホルモンの分泌が優位になると俗にいう脂性の肌になり、ニキビができやすくなります。
また月経前はプロゲステロンの分泌が多くなりますが、
プロゲステロンには男性ホルモンに似た作用があり、皮脂の分泌を盛んにします。
そこで、プロゲステロンの分泌が多い人はニキピができやすくなるのです。
ニキビの原因は、こういう内因性のものだけでなく、
食事の内容やストレス、睡眠、便秘などにも影響されます。
とくにホルモンの分泌はストレスの影響を強く受けますから、
ストレスをためずに規則正しい生活をすることが大切です。
このように複雑な成因で成り立っているニキビですから、治療も患者さんをトータルに診て行います。
ホルモンのアンバランス、ストレス、生活習慣、胃腸障害などをチェックし、
ホルモンのアンバランスや便秘、胃腸障害などがある場合は治療し、併せて生活指導も行います。

シミ・くすみ

老化によるメラニン色素の沈着が原因で起こる
シミはメラニン色素の沈着によって起こります。
メラニン色素には紫外線から皮膚を守る作用があり、
皮膚ガンや日焼けによる炎症を防ぐという意味ではとても大切な役割をしています。
しかしいったん沈着すると、なかなか取れません。
とくに真皮の深いところに沈着したものは、治療が困難です。
メラニン色素は、基底層にあるメラノサイトという細胞から分泌されます。
メラノサイトは紫外線を浴びるとメラニン色素をつくりますが、これが紫外線を吸収し、黒くなります。
黒くなったメラニン色素は徐々に表皮に押し上げられ、角質層に到達してはがれ落ちていきます。
ところがこのターンオーバーがうまく行われなくなると、
メラニン色素が外に排出されなくなり、シミになって残ってしまうのです。
女性ホルモンが減少すると、この皮膚のターンオーバーが正常に行われなくなってきます。
そこで老人性のシミが増えてくるのです。
くすみは、表皮の角化異常や皮膚の血行不良などが原因で起きる色素沈着です。
シミに比べると広範囲にでき、顔全体の印象を暗くします。
女性ホルモンが減少すると、皮膚環境が悪くなりますから、やはりくすみも増えていきます。

シワ・たるみ

コラーゲンの減少が原因で起こる
シワやたるみは、おもに真皮の結合組織が変性したり減少して起こります。
真皮は表皮の下にある皮膚の中心部分で、皮膚に弾力やハリを持たせる繊維組織で構成されています。
結合組織とはこの繊維組織のことで、膠原繊維(コラーゲン)と
弾力繊維(エラスチン)が立体的にかつ縦横に張りめ寸らされています。
真皮の主成分は膠原繊維のコラーゲンで、水分を除くと真皮の約7割を占めます。
若いうちはこのコラーゲンがきれいに規則正しく並び、繊維と繊維の聞に水分を蓄えています。
ここにはヒアルロン酸があり、水分と結びついて保水剤の役割を果たしています。
そして一定の緊張状態を保ちながら、肌にハリと弾力を与えているのです。
ところが加齢とともにコラーゲンが減少したり変性すると、
皮膚から弾力やハリが失われていきます。
コラーゲンの減少には、エストロゲンが関係しています。
エストロゲンにはコラーゲンの低下をくい止める作用があるため、
エストロゲンが減少するとコラーゲンの量も低下していくのです。
また肌に保湿を与えるヒアルロン酸の産生にもエストロゲンは関わっており、
エストロゲンの減少は肌の乾燥化にもつながります。
たるみも同様に、コラーゲンやエラスチンの減少から起こります。
皮膚がたるむのは、皮膚を骨や筋に密着させる収縮力が弱まったためで、
コラーゲンやエラスチンの減少による張力低下、復元力低下が原因です。
シワやたるみは老化を現すいちばんわかりやすい現象ですが、
その原因にエストロゲンは大きく関与しているのです。

乾燥肌

面の小ジワの原因になる
大気の乾燥化やエアコンの普及で、乾燥肌に悩む人が増えています。
表皮にはいつも水分が10~20%蓄えられていますが、これが10%以下になると乾燥肌になります。
この水分の蒸発をくい止めるために、皮膚の表面は皮脂膜におおわれています。
皮脂は天然の乳液ともいうべきもので、水分の蒸発を防ぐとともに、
皮膚に油分を供給してしっとりした肌をつくります。
この皮脂の量も、女性ホルモンの影響を受けています。
女性ホルモンが減少すると、皮脂の分泌も減ってくるのです。
したがって、真皮のヒアルロン酸が減少するのとあいまって、
更年期を境に皮膚の乾燥化が一気に進んでしまうのです。
口元や額などの深いシワは真皮の結合組織の衰えによりますが、
目尻や目の下の小ジワは表皮の乾燥が原因です。
更年期になると急に肌の衰えを感じるのは、
このようにエストロゲンの減少が皮膚の老化に拍車をかけるからです。

脱毛・薄毛

女性ホルモンの減少で髪の元気が失われる
更年期の方が悩むのは、肌のことだけではありません。
「髪の毛が薄くなった」「抜け毛が増えた」「髪のつやがなくなった」
「パサつく」など、髪の悩みもよく耳にします。
『髪は女性の命』といわれるように、昔からつややかでたっぷりした髪は、
女性の美しさを象徴するものでした。
だからこそ、髪が薄くなったりつやがなくなると、気にならずにはいられません。
お肌以上に、髪は老化を映し出す鏡かもしれません。
脱毛や薄毛は男性の悩みだと思われていますが、
女性ても閉経やストレスがきっかけて髪が薄くなることがあります。
髪の毛が少なくなるうえに1本1本が細くなり、腰がなくなってくるのです。
したがってボリュームがなくなり、ひどい場合は頭皮が透けて見えることもあります。
髪が元気をなくすのも、おそらくエストロゲンの減少によるものだと思いますが、
残念ながらそのあたりのメカニズムはまだ解明されていません。
昔から「髪は女性ホルモン、体毛は男性ホルモン」と俗にいわれています。
更年期の症状としてひげが濃くなる女性もいらっしゃいますが、
これは女性ホルモンが減少し、男性ホルモンが優位になったためだと考えられます。
そういうホルモンのアンバランスによって、一時的に男性化する傾向があるのです。

その他

膣の健康を守る
こうしたことのほかに、エストロゲンは粘膜のうるおいを保ってくれます。
更年期になると性交痛を訴える女性が多くなりますが、
これはエストロゲンの減少によって膣が萎縮し、うるおいがなくなってくるからです。
性交痛がつらくて、セックスから遠のいてしまう女性もおり、
ますます若々しさが失われてしまいます。
また、エストロゲンは歯?きや目の健康にも関係しているといわれています。
このように、女性の体は広範囲に、エストロゲンの影響下にあるのです。

女性の強い味方となるホルモン補充療法

不足した女性ホルモンを補充する

これまで見てきたように、更年期以降、女性の体はさまざまな変調を強いられます。
更年期特有のつらい症状に苦しめられたり、骨粗鬆症や動脈硬化のリスクが高くなったり・・・。
これらはすべて女性ホルモン、とくにエストロゲンが急激に減少することから起こります。
そこで、減少した女性ホルモンを外から補充して、これらの症状を解消しようという考えから
始まったのが、ホルモン補充療法(HRT)です。
日本ではまだ10年くらいの歴史しかありませんが、欧米では40年くらい前から行われている確立された療法です。
ホルモン補充療法といえば、広義の意味ではいろいろなものがあります。
たとえば、乳ガンに男性ホルモンを投与して治療したり、また、かつては男性ホルモンと女性ホルモンを混ぜた
混合ホルモンが更年期の治療に使われていました。
さらに、糖尿病の治療に使われるインスリン療法もホルモン療法のひとつです。
しかし現在、婦人科、でホルモン補充療法といえば、更年期に行われるHRTを指すのが一般的です。
いま行われているHRTは、エストロゲンとプロゲステロンの両方を補充します。
しかし以前は、エストロゲンだけを単独投与するエストロゲン補充療法(ERT)が行われていた時期もありました。
ERTがアメリカで初めて行われたのは、1960年代のことです。
当初は、そのあまりの効果の高さに"永遠の女性"も夢ではないと、すごいブームを巻き起こしたのです。
ところが、エストロゲン単独補充では子宮体ガンを誘発しやすいことがわかり、ERTは下火になってしまいました。
しかしその後、研究が重ねられ、エストロゲンだけでなくプロゲステロンも加えることで、
子宮体ガンを誘発するという副作用は防げることがわかりました。
それどころか、HRTを行うことで、むしろかかりにくくなるという統計も出たのです。
そして初年代初めから、エストロゲンとプロゲステロンを同時に補充するという療法が主流になり、
再びブームになりました。
エストロゲンだけでなく、プロゲステロンも使うことからHRT(ホルモン補充療法)と呼ばれ、
以前のERT(エストロゲン補充療法)と区別しています。
HRTは、日本ではまだなじみの薄い治療法ですが、
アメリカでは更年期の女性の5人に1人が受けているといわれるほどで、
欧米では更年期の治療としてすでに定着しています。

更年期症状を緩和して生活習慣病や老他を予防する

HRTを治療に使う目的は、大きく分けて3つあります。
ひとつは、更年期症状の緩和です。
更年期の症状は、エストロゲンの急激な減少からホルモンのバランスが崩れ、
自律神経が失調をきたして起こるものです。
したがって減少したエストロゲンを補い、ホルモンのバランスを整えてやれば、
自律神経の失調も改善して症状が消失していきます。
この場合、ほとんどの症状は短期間で劇的に改善します。
使って1週間目くらいから効果が現れ、多くの症状は1か月つづければだいたい改善します。
ただ、やめるとまたエストロゲン不足の状態に戻ってしまい、症状が再発することがありますから、
ある程度の期聞はつづけて、ゆっくりやめていくようにしなければなりません。
2つ目は、生活習慣病の予防です。
閉経して卵巣の機能が止まると女性ホルモンが分泌されなくなり、慢性的にエストロゲン不足の状態がつづきます。
そのため骨粗鬆症や動脈硬化が進んでいきますが、女性ホルモンを投与することで、
そうした生活習慣病の進行をくい止めたり、改善することができます。
更年期障害は一時的な症状ですから、放置していてもやがて症状が消えるときがきますが、
生活習慣病は一生つき合っていかなければならない病気です。
HRTはそうした慢性病の予防や治療にこそ、本領を発揮する治療なのです。
3つ目は、若さを維持できるということです。
女性ホルモンは、皮膚や髪の健康にも大きく関わっています。
皮膚の新陳代謝(ターンオーバー)を活発にしたり、皮膚の弾力を保つコラーゲンの合成を助けるのです。
また、HRTを受けて再び女性に戻ったということが、精神面にもよい影響を及ぼし、
それが若さを支える要因になっているのではないでしょうか。

日本でも普及しつつある

日本でHRTが行われるようになったのはごく最近のことで、
治療を受けている人は更年期障害の患者さんの2%程度に過ぎません。
欧米に比べると非常に低い普及率で、まだこういう治療法があることを知らない人も多いようです。
HRTは、欧米では更年期の治療としてすでに定着し、かなりの実績をあげています。
それに対して日本であまり普及しないのは、国民性の違いもあるのではないでしょうか。
更年期障害は自然の現象だから治療する必要がないと考える人や、
ホルモンを補充するという考え方に抵抗感を持っている人が依然として多いようです。
たとえば、コレステロール値が高いとやってこられて、コレステロールの薬なら抵抗なく飲まれるのに、
ホルモン補充療法だと一歩引かれてしまう人がいるのは、とても残念なことです。
しかしそれでも、ずいぶん意識は変わってきました。
私がHRTを始めた頃は、ホルモンとかエストロゲンと問いただけで「けっこうです」という人が多かったのですが、
いまでは説明すればきちんとわかっていただけますし、抵抗なく受け入れてくださる方が増えてきました。
また一度その効果を感じると、更年期症状がおさまっても
「若さを保てるならつづけたい」とおっしゃる方も大勢いらっしゃいます。
ホルモン補充療法というと何か特別な治療のようですが、
ふだん飲むかぜ薬などよりもずっと女性の体にはやさしい薬です。
エストロゲンもプロゲステロンも、もともと女性の体の中にあるものですし、
HRTに使われるホルモンは自然のものにより近いものが使われています。
またHRTは、症状を引き起こしている原因を直接カバーする治療ですから、ある意味では根本療法ともいえます。
効果は非常に高く、しかもごく少量でその効果が得られます。
さらに少量ならば、長期に使っても副作用の心配はありません。
いまのところ、更年期障害やそのあとの女性の生活習慣病に、HRT以上に効果のある治療法はありません。
ですからもっともっと日本でも、大勢の方にこの治療のよさを知っていただきたいと思います。

美容から生活習慣病の改善まで幅広いHRTの効果

[更年期障害の改善効果]生活の質を高めるためにもしっかり治療する

更年期障害は、エストロゲンが急激に減少することで起こり、のぼせ、ほてり、
手足の冷え、しびれ、動惇、息切れ、イライラ、不安感・・・などの症状が特徴的です。
ただ、ある期聞が過ぎ、体がエストロゲンの少ない状態に慣れると、
それらの症状もしだいに軽くなっていきます。
体がエストロゲンのない状態に適応していくからです。
放置しておいても、時がたてば自然に解消していくものですが、
それまでその症状に耐えなければなりません。
人によってはかなり強い症状が出たり、5年も6年も症状が長引く人もいます。
HRTは、症状を引き起こすエストロゲンの急激な減少を、外から補充することで緩和する治療です。
いってみれば、体が急激な変化に直面しないように、ソフトランディングさせてくれるのです。
ただ、すぐに投与をやめるともとに戻ってしまいますから、
ある程度長期に使って、徐々に減らしていくようにします。
更年期障害がつらいのは、症状もさることながら、
まわりの人がそのつらさを理解してくれないことではないでしょうか。
更年期障害は病気ではないという意識は根強く、大したことではないと思われがちです。
とくに更年期を経験したことのない男性には、そのつらさは理解できないでしょう。
また女性は、自分が更年期であることをなかなか人にはいえません。
なぜなら、「更年期」=「生理が終わる」=「女性でなくなる」という意識が強いからです。
そのため、たった1人でつらい症状と闘わなければならないと以前は思われていました。
私は、更年期障害を「自然のことだから」といい、我慢する必要はまったくないと考えています。
むしろその人の許容量を高めるという意味で、積極的に治療していくほうがよいと考えています。
その治療によって生活が快適になり、しかもほかに弊害がないのなら、
どんどん受けるべきではないでしょうか。

[骨粗鬆症の改善効果]痛みをやわらげて骨量を増やす

骨粗鬆症にかかると、骨の変形が起こり、足、腰、背中と、
全身に痛みが出てくることがあります。
その痛みのために歩けない、歩いてもすぐにつまずいて転ぶ、そして骨折・・・。
大腿骨を骨折すれば、あっという聞に寝たきりの生活になってしまいます。
寝たきりになれば、ほかの病気にもかかりやすくなり、
ボケも進行し、最悪の老後を迎えなければなりません。
骨粗鬆症を予防できるかどうかは、長い老後を考えるととても重要なことです。

HRTと閉経後の女性の骨量の関係

骨粗鬆症の治療は、現状ではこれといったものがありません。
骨量が減った段階でカルシウムやビタミンDをとったり運動をしても、
進行してしまった骨の変形や骨粗鬆症をくい止めることはできないのです。
ところがHRTは、骨粗鬆症の進行を止めるだけでなく、骨量を増やす作用があるのです。
これはエストロゲンに、骨からカルシウムが流出するのを防ぎ、
腸からのカルシウムやビタミンDの吸収を促進し、
骨芽細抱に働きかけて骨形成を促す作用があるためだと考えられます。
中高年以上になると、減ってしまった骨量を増やすのは大変むずかしいことですが、
HRTはそれを可能にするのです。
しかもこれまでのデータでは、かなり骨量が増えることがわかっています。
またHRTには、骨粗鬆症の痛みを緩和する作用もあるのです。
私が老人保健施設にいた頃、骨粗鬆症で全身が
どうしようもなく痛む患者さんがいらっしゃいました。
骨粗鬆症の痛みに対しては、通常鎮痛剤や筋弛緩剤を使いますが、お年寄りの場合、
副作用の問題や、逆に骨や筋肉が弱ってしまうことがあるので、あまり使えません。
そこで少量のエストロゲンを飲んでもらったところ、
かなり痛みが取れ、楽になられたのです。
このときは、お年寄りにでもこんなに効果があるのだと驚きました。
このように痛みの改善、骨量の増加と、骨粗鬆症には非常によい成果をあげています。

[動脈硬化・高脂血症の改善効果]コレステロールを低下させる

血管の老化といわれる動脈硬化は、予防のほかに治療の手立てがありません。
進行すれば心筋梗塞や脳卒中など、死や痴呆につながる怖い病気を引き起こします。
閉経前までの女性は、男性に比ぺると血液中のコレステロールも少なく、
若い血管を保っています。
これはエストロゲンがコレステロールの上昇を抑え、血管や血液を守っているからです。
更年期にエストロゲンが減少しても補充しさえすれば、こうした作用を維持でき、
閉経後も血管を健康に保つことが可能なのです。
HRTがすばらしいのは、たんに総コレステロールを下げることだけではありません。
善玉コレステロールを増やして悪玉コレステロールを減らし、
結果的に総コレステロールを下げることができるのです。
総コレステロールが低下しても、善玉も一緒に低下して悪玉が増えたら、
動脈硬化は進んでしまいます。
私の患者さんでも、コレステロール値が273mg/dlから185mg/dlに、
1か月で正常化した女性がいます(正常値は130~220mg/dl)。
これはめずらしい例ではなく、HRTを開始すると、
コレステロール値の高い患者さんのほぼ全員が、1か月もたつと正常化してしまうのです。
たった1か月投与するだけで、それだけの効果があるのですから、
いかにエストロゲンの作用が大きいかおわかりいただけるでしょう。

[美容・若返り効果]肌と髪をつややかに若々しく保つ

女性の健康がエストロゲンによって維持されているように、
女性の若さや美しきもエストロゲンによって維持されています。
したがってエストロゲンが急激に減少すると、
いままで維持されてきた若さや美しさにも衰えが目立ってきます。
それをくい止め、よみがえらせてくれるのがHRTです。
実際私がHRTを受けている患者さんを見ていても、
皆さん日に日に変わってくるのがよくわかります。
更年期以降に急激に起きる「シワ」「たるみ」「皮膚のうるおいの低下」
「くすみ」は、女性の美容上の大きな悩みです。
しかし、これらはHRTによって改善されることが証明されています。

HRTとコラーゲンの関係

シワ、たるみの原因は、皮膚の弾力性の低下にあります。
これは、皮膚の真皮にあるコラーゲンの低下によって起こります。
BrincatやMaheuxらは、閉経年数にともなって皮膚コラーゲン量は減少するが、
HRTによってそれが抑制されることを報告し、DunnやCastelo-Brancoらは、
閉経女性の顔のシワがHRTによって改善されることを報告しています。
皮膚のうるおいや柔軟性は、角質の水分量や水分保持率の影響を受けるといわれています。
HRTはこれらを高めたり、保湿成分であるヒアルロン酸の産生を促す作用があり、
皮膚のターンオーバーを正常にする作用もあります。
ですから、肌の乾燥やシワを予防し、ハリのあるつややかな肌が戻ってくるのです。
髪の毛に対しても、1本1本を元気にし、つやのある髪に変えます。
もちろん50代の人が20代、30代の肌や髪に戻るのは無理ですが、
同年齢のHRTを受けていない女性に比べたら、はるかに若々しくいられます。
また、ホルモン剤を内服するだけでは効果の薄い人には、
エストロゲン入りクリームを使用する方法もあります。
肌から直接エストロゲンを吸収させることによって、小ジワや乾燥肌を改善するのです。
HRTと併用すれば、内と外からエストロゲンを補い、効果をより高めることができます。
HRTによって痛みや不快な症状が消えれば、気持ちも明るくなり、
生き方も前向きになってきます。
毎日の生活に自信がつき、表情もいきいきしてくるでしょう。
こうした内面からの輝きがあって初めて、美しさや若々しさも生まれるものです。
HRTは、少し前までは更年期障害の改善のために受けたいという人が圧倒的でした。
しかし最近は、症状がなくても予防のために受けたいとか、
老化防止のため、美容のために受けたいという人も増えています。
エストロゲンが完全になくなった段階ではなく、その前からHRTを受けていれば、
更年期障害や生活習慣病の予防になるだけでなく、
女性ホルモンがあった頃の美しさや若さもある程度維持できます。
HRTは、本来は症状が起きてからではなく、予防的に受けるのが望ましいのです。

[痴呆の予防効果]アルツ八イマー型の予防も期待できる

HRTは動脈硬化の予防に役立つことから、脳卒中などの脳血管障害も予防します。
そのため、脳血管障害から起きる脳血管性痴呆を防ぐ効果も期待できます。
しかし痴呆に対しては、それだけではありません。
もうひとつの痴呆、アルツハイマー型に対しても、予防したり改善するという報告があります。
これは欧米の統計ですが、HRTを受けている女性のほうが、
受けていない女性よりもアルツハイマーにかかる確率が低いというのです。
アルツハイマーの発症に、女性ホルモンが何らかの形で
関わっているのではないかという指摘もあります。
女性ホルモンがアルツハイマーにどうして効くのか、その作用機序はわかっていませんが、
エストロゲンには神経伝達物質や神経細胞を活性化する作用がありますから、
そういうことが有利に作用しているのかもしれません。
アルツハイマーに対しては、まだこれといってよい治療法がありませんが、
HRTが有効だということになれば画期的なことです。
なお、軽いボケや物忘れにも、エストロゲンは効果があるといわれています。

[性交障害・尿失禁の予防効果]粘膜を健康に保って膣や周辺筋肉の萎縮を防ぐ

年齢別性交時に痛みを感じる人の頻度

これまで見てきたように、女性の性器はエストロゲンによって発育し、
エストログンによって健康が守られています。
エストロゲンは膣の内部を酸性にして子宮や膣を感染から守ったり、
子宮頚部から粘液を分泌させて精子が子宮に入りやすいように働くのです。
ところが、エストロゲンが急速に減少することによって、膣の健康も失われてしまい、
膣粘膜にうるおいがなくなり、膣が萎縮してくるのです。
そのため性交時に痛みを訴えたり、挿入しにくいと訴える女性が増えてきます。
女性は更年期以降、セックスから遠ざかりがちですが、
膣は使わないでいるとよけい萎縮が進み、ますます性交がしにくくなってしまいます。
またエストロゲンが減少すると、尿道周辺の筋肉も萎縮し、
尿道の粘膜にもうるおいがなくなってくるので、尿失禁や頻尿などの排尿障害も生じてきます。
とくに尿失禁は中高年以上の女性に多く、
40代以降の女性の3~4人に1人はその傾向があるといわれています。
ひどくなると、おむつが必要となり、女性としての誇りが失われたり、
日常の行動が制限される原因になります。
HRTを行うと、こうしたことがかなりの頻度で改善されます。
本来なら閉経後、女性は妊娠の心配から解放されて、純粋にセックスを楽しめるようになります。
そうなったときに性交障害があると、セックスは苦痛以外の何ものでもありません。
何歳になってもセックスを楽しめるということは、それだけ若さを保てるということで、
ご夫婦の関係も、より深く結びつくのではないでしょうか。
閉経したから、セックスは卒業などと考えないでください。

[その他]ガンや糖尿病も予防できる

そのほか、大腸ガンや肺ガン、糖尿病、白内障、
歯の脱落などがHRTによって予防できると、これまでに報告されています。
またHRTを受けている女性からは、「疲れなくなった」
「つらくなくなった」という声をよく聞きます。
HRTは体力を高めて健康感を増進させますから、日常の健康維持にも役立ちます。

心配される副作用と体に対するリスク

性器出血・乳房の八リ・胃腸障害などが出ることもある

HRTを受げるに当たって皆さんがいちばん心配されるのは、
副作用の問題ではないでしょうか。
HRTは、基本的には長期にわたって行う治療ですから、
1回に投与する女性ホルモンの量はごく少ないものです。
したがってひどい副作用が出る心配はそれほどありませんが、
人によっては次のような症状が出ることがあります。
まず、性器出血です。
エストロゲンとプロゲステロンを周期的に投与する場合は、
体が生理のあった頃と同じような環境になります。
そこでプロゲステロンを服用したあとに、生理のような出血があります。
これはエストロゲンに子宮内膜を増殖する作用があるためです。
あとで書くように、周期的投与(投与方法については105ページ参照)は
完全に閉経していない患者さんや、
閉経後間もない患者さんに投与することが多く、
生理がそのままつづいているような状態になります。
ただ実際の出血量は、生理ほど多くないので心配はいりません。
また連続的な投与の場合も出血することがありますが、
この場合は半年から1年つづけていくうちにしだいにおさまってきます。
投与を開始した直後に乳房が張ってくる人もいますが、
これは礼腺がエストロゲンの刺激を受けるためで、
しばらくすると気にならなくなります。
むしろボリュームのなくなった乳房がふっくらしてハリが出てきますから、
体つきが若返ってきます。
胃腸の弱い人は、まれに胃のもたれや吐き気を訴えられることもありますが、
投与時間や方法などを変更することで、たいていは消失します。
性器出血や乳房のハリについては、
「体が女性ホルモンによって若返ったんだ」と前向きに考えたらいかがでしょうか。
実際HRTによって体の機能が閉経前の状態に戻るわけですから、
それも間違いではないでしょう。
副作用が出て患者さんがつらいときは、様子を見ながら服用量を半分にしたり、
飲む回数を1日置きにするなどの方法で、たいていはそのまま継続できます。

HRTを避けたほうがよい人もいる

HRTは、若きや女性らしさを維持するという意味では、女性にとって夢のような治療ですが、
女性ならだれでも受けられるわげではありません。
受けるためには、いくつかの条件をクリアしなければならないのです。
まず、女性ホルモンが低下していることが必要です。
同じように女性ホルモンを補充する治療にピルがありますが、ここがピルとの根本的な違いです。
ピルは正常に女性ホルモンが分泌されている人にさらに女性ホルモンを投与しますが、
HRTは卵巣機能が衰えたり停止して、女性ホルモンが不足している人に投与します。
しかし、この条件を満たしていても、受けられない人がいるのです。
現在、乳ガンや子宮体ガンにかかっている人、過去5年以内にかかったことのある人です。
また子宮筋腫や子宮内膜症、肝機能障害、血栓症などの病気がある人は、
病気が悪化するおそれがありますから、受ける際には注意が必要です。
次のような病気のある人は、気をつけてください。

乳ガン

エストロゲンは乳腺を増殖させる作用があるので、乳腺にガン細胞があれば、
それを発育させてしまいます。
ですから、現在乳ガンにかかっている人や、過去5年間に乳ガンの手術をした人は、
HRTを受けないほうが無難です。
手術して10年以上たっていれば、まず心配ないでしょう。
HRTが乳ガンの発症を促進するのではないかと、
不安に思われている人も多いのではないでしょうか。
データ上では、HRTを受げている人のほうが、受けていない人に比ぺて
乳ガンの発見率が高いという報告もありますが、
HRTと乳ガン発生の因果関係はまだ明らかにされていません。
HRTを受けるときは、事前に乳ガン検診を行います。
また治療中も定期的に検査をしますので、乳ガンの発見率がHRTを受けていない人より高くなります。
それが、「乳ガンが多い」というデータになったとも考えられます。
乳ガンが多いというよりも、むしろ乳ガンを早期に発見できるメリットが
あると考えたほうがいいのではないでしょうか。
乳ガンだけでなく、ほかの病気も同じように早期発見てきますから、
むしろ結果的には健康で長生きの人生につながる可能性もあります。

子宮ガン

子宮ガンには、子宮の入り口の頚部にできる子宮頚ガンと、
奥の体部にできる子宮体ガンがあります。
このうちエストロゲンの影響を受けるのは子宮体ガンです。
エストロゲンには子宮内膜を増殖させる作用がありますが、
ここにガン細胞があると、エストロゲンの投与によってガン細胞も育ってしまう可能性があるのです。
したがって子宮体ガンも、現在かかっている人や過去5年間に手術を受けた人は受けられません。
しかし、HRTが子宮体ガン自体を発生させることは決してありませんので、
その心配はいりません。
ホルモン補充療法がERTと呼ばれていた時代には、
ERTを受けている女性に子宮体ガンの発生率が高いというショッキングな報告があり、
一時ERTが行われない時期がありました。
しかし、ERTによって子宮体ガンにかかりやすくなるのも、考えてみれば当然のことです。
子宮体ガンはホルモンのアンバランスな時期に発症しやすく、
しかも発症にエストロゲンが関わっているといわれています。
ホルモンがアンバランスな更年期にエストロゲンだけを単独投与すれば、
発症の下地をつくってしまうようなものです。
現在行われているHRTでは、逆にHRTを受けている人のほうが受けていない人より
子宮ガンの発生率は低くなっています。
これは一緒に投与するプロゲステロンに、エストロゲンが悪きをする作用を抑える働きがあるからです。

子宮筋腫

子宮筋腫は、エストロゲンの影響を受けて増殖してしまいます。
したがってエストロゲンの減少する閉経期になると逆に小さくなり、治療の必要がなくなります。
筋腫のある人が手術をせずに閉経を待つのは、そのためです。
しかし、そこにエストロゲンを投与すると、せっかく小さくなった筋腫がまた育ってしまうことがあります。
現在はエストロ、ゲンの作用を抑えるプロゲステロンも併用していますから、
エストロゲン単独投与ほどの影響はありませんが、
筋腫の程度や大ききによってはHRTを受けないほうがいい場合もあります。
なお、筋腫があり、高脂血症や骨粗鬆症にもかかっている場合は、
どちらを優先させるか、かかりつけの医師とよく相談して〈ださい。

子宮内膜症

子宮内膜症も、子宮筋腫とほぼ閉じことがいえます。
子宮内膜症は、子宮内膜やそれに似た組織が子宮内膜以外のところで増殖してしまう病気です。
生理と同じように、女性ホルモンの影響を受けながら増殖したりはがれ落ちたりをくり返します。
閉経すると生理がなくなるように、子宮内膜症の症状もおさまります。
したがって、閉経前まで内膜症のあった人は、HRTによって再発することがあります。
症状の程度にもよりますが、こういう人にもHRTをおすすめできない場合があります。

肝機能障害

HRTには経口薬と外用薬(貼り薬)がありますが、
重い肝臓病にかかっている人に経口のホルモン剤を投与すると、肝機能がよけい悪くなることがあります。
ホルモンは肝臓で代謝されるため、肝臓に負担がかかるのです。
したがって肝機能の悪い人には経口薬ではなく、肝臓への負担の少ない外用薬を用います。
しかし、重症の肝機能障害の患者さんは、HRTは避けたほうが無難でしょう。
また肝機能が正常でも、アルコールを大量に飲む患者さんにHRTを行うと、
肝機能が低下することがあり、HRTを投与するときには、肝機能の検査だけでなく、
患者さんの生活習慣やHRTのリスクを医師がよく知っておく必要があります。

血栓症

ピルを飲んでいると血栓症にかかりやすくなるという報告があることから、
HRTも血栓症には注意が必要です。
しかしHRTの場合、エストロゲンの量は微量なので、
ピルのように血栓や心筋梗塞を起こす危険性は低いと思われます。
しかし、そういう病気を現在持っている人は、安全性を優先して避けたほうが無難でしょう。

その他の生活習慣病

更年期を過ぎると、糖尿病や高血圧などの生活習慣病にかかる人が増えてきます。
とくに更年期は自律神経が不安定な時期ですから、血圧が高くなりがちです。
高血圧は軽いうちならHRTを受けてもかまいませんが、
腎臓機能が低下しているようなら受けないほうがいいでしょう。
また糖尿病は、血糖値がコントロールできている場合は問題ありませんが、
合併症が出るほど進行していたり、コントロール不良の場合は医師と相談してください。

HRT治療の実際の進め方

必す事前に検査を行う

HRTの治療を開始する際には、事前に必ず検査を行い、
患者さんの健康状態をよく把握してから始めます。
治療を始める前に行う検査は、次のようなものです。
まず血液検査です。
この検査で重要なのは、エストロゲン、とくにエストラジオール(E2)の量です。
血液中のエストロゲンが低下し、
脳の下垂体から分泌される卵胞刺激ホルモン(FSH)が
一定量以上に増えていればHRTを受けたほうがいいと判断します。
ホルモンの値は、閉経前なら卵胞期や排卵期など時期によって異なりますが、
エストロゲンが常時20pg/ml以下、FSHが30mlU/ml以上ならHRTを始めたほうがいいでしょう。
血液検査は、ほかにもさまざまな情報をもたらしてくれます。
血中コレステロールや中性脂肪、血糖値、肝機能、
さらには骨の状態を示すカルシウムやリンの量も知ることができます。
血液検査のほかに、骨量の測定、乳ガン、子宮ガン、
子宮筋腫、子宮内膜症、乳腺症の検査を行います。
家庭の主婦は健康診断やガン検診を受ける機会が少ないので、
この検査で乳ガンや子宮ガンが見つかることもあります。
これらの検査をして、異常が見つかれば、まずその治療を優先させ、エストロゲンが低く、
検査などでほかに問題がなければ、HRTの治療を始めていきます。
なお、こうした検査は治療を始める前だけでなく治療中も定期的に行い、
3~6か月に1度、HRTによる体の変化を定期的にチェックします。

十分なインフォームド・コンセントで治療を理解する

HRTは、日本ではまだあまり定着していない治療で、
こういう治療があることさえご存じない方もいらっしゃいます。
またご存じの方でもおすすめすると、ホルモンを外から補充するということに
抵抗感を示される方がまだ少なくありません。
やはり副作用をとても気にされているようです。
ですから治療を始める前には、必ず時聞をとって説明をします。
とくに骨粗鬆症の方やコレステロール値が高い方は長期の治療になりますから、
納得して受けていただかなければなりません。
そのため、インフォームド・コンセントがとても重要になります。
またエストロゲンを投与するに当たっては、ご自分で服薬を
管理していかなければならず、治療に対する自覚も必要です。
患者さんとのカウンセリングでは、なぜエストロゲンの投与が必要かということからお話し、
その副作用やリスク、受けられない人、長期につづけなければならないことなどを説明します。
最初は抵抗感を示していた患者さんも、ひとつひとつ段階を追って説明すると納得され、
治療に入られます。
カウンセリングをして、どうしても抵抗感があるとか、
既往症があって受けられないという場合は、漢方薬治療やプラセンタ療法、
アロマセラピーなど、別の治療をおすすめします。
いずれにしても、治療法を選ばれるのは患者さんですから、
医師としては患者さんが判断できるように、
できるだけたくさんの情報を提供しなければいけないと考えています。
患者さんが選択されたうえで、納得して治療を受けていただくのがいちばんなのですから。

基本的な薬の飲み方は3タイプ

HRTは、基本的にはエストロゲンとプロゲステロンの2種類の女性ホルモンを服用します。
服用の方法は周期的投与法、連続的投与法、エス卜ロゲン単独投与法の3つがあります。
周期的投与法は、エストロゲンを最初に約3週間飲み、
後半の約2週間はそれにプロゲステロンを加え、そのあと1週間休薬する方法です。
連続的投与法は、エストロゲンとプロゲステロンを毎日同時に飲みます。
この方法は、飲み忘れがないのが利点です。
単独投与法はエストロゲンだけを飲むもので、
子宮筋腫や子宮ガンなどで子宮を取った人に行います。
投与法や日数などは、患者さんの症状などに応じて異なります。

HRTの投与方法

いつ始めてどれくらいつづけるのか

HRTを始める時期は、どういう目的でHRTを受けたいかによって違ってきます。
更年期症状の改善のためなら、症状が出てから飲みはじめてもいいでしょうし、
生活習慣病の予防のためには、できるだけ早く開始するほうが効果があります。
骨粗鬆症の場合、閉経後から骨量は徐々に減りだし、3~4年で急速に低下します。
痛みが出たり骨折してからでは遅いので、
閉経したら予防のためにもすぐに始めるほうがいいでしょう。
動脈硬化の場合も同じです。
コレステロール値が高くてもほとんど自覚症状がありませんから、
閉経後すぐに始めることをおすすめします。
更年期に入ったら、ときどき骨量やコレステロールをチェックして、
変化が見えたら始めるというのが、予防の意味でもベストです。
さて、いつまで飲むかという問題ですが、私は1年や2年ではなく、5年、10年、15年という
長い期間で考えてほしいと思います。
HRTは、長い経過で投与するほど効果があるといわれているからです。
更年期症状の改善のためなら、症状が取れた段階でやめていいと考えられるかもしれません。
しかし、やめるとまたエストロゲン不足の状態に戻ってしまい、症状が再発することがあります。
かりに症状がおさまったとしても、その裏では骨量の減少や動脈硬化が確実に進行しています。
HRTは、いまの段階では更年期障害の解消という点がクローズアップされ、
そのために使われていることが多いのですが、骨粗鬆症や動脈硬化、心疾患など、
女性の生活習慣病から体を守るためにも効果を発揮する治療です。
したがって本来は、一生つづけていくのが望ましいのです。

経口薬を使えない人には外用剤を使用する

HRTで使う薬は、飲み薬が一般的です。
ホルモンの感受性には個人差があり、少量で効く人、
ある程度の量を飲まないと効果が現れない人、
副作用の出やすい人など、さまざまです。
その点、経口薬なら量の調節が簡単にできます。
しかし、経口薬が飲めない人もいます。
肝機能障害や胃腸障害のある人、ほかに持病があってたくさん薬を飲んでいる人などで、
そういう患者さんには、皮膚に貼る外用薬を用います。
外用薬も飲み薬と効果に差はなく、逆に経皮吸収なので肝臓や胃腸に負担をかけません。
また血中濃度が急激に上がらないため、効き目が穏やかに持続します。
2日に1回貼り替えて、貼ったまま入浴もできます。
ただ、肌の弱い人はかぶれることがあり、皮膚の状態を見ながら使っていきますが、
最近は刺激の少ない貼布剤が開発され、かぶれを訴える人は非常に少なくなりました。

選択肢を多くしてその人に合った治療法を選ぶ

エストロゲンの減少によって起きる更年期のさまざまな変調には、
いまのところHRTに勝る治療法はありません。
HRTが多方面でいちばん効果があり、しかも副作用も少ないからです。
しかしHRTに抵抗のある人や適応できない人には、プラセンタ療法(第4章参照)、
アロマセラピーや漢方薬(ともに第5章参照)を使っています。
しかし、これらは重ねて使つてはいけないということはないので、
HRTをしている人にもプラセンタやアロマセラピーを併用することがあります。
漢方薬はだれにでも抵抗なく受け入れてもらえますから、
ほかの療法に抵抗感がある人にはまず漢方薬で治療をします。
更年期障害の場合は漢方薬だけで改善することもありますし、
それでよくならない場合はプラセンタやHRTを併用することもあります。
更年期症状のうちでも、のぼせや動悸、ほてりなどの症状はHRTで劇的に改善しますが、
イライラや抑うつ感など、精神的な症状は改善しきれないときもあります。
その場合はアロマセラピーや星状神経節ブロック(第5章参照)などの
治療を併用することもあります。
これらの治療には自律神経を安定させたり、
ホルモンバランスを調整する作用があるからです。
このように患者さんによって適合・不適合があったり、
症状によって効く・効かないがありますから、複数の選択肢を用意して、
患者さん1人1人に合った治療を選ぶようにしています。
患者さんにとって、「これしか治療がありません」といわれることほど、
絶望的なことはないのではないでしょうか。

HRTによって改善した症例

全身にわたる不定愁訴か2週間で消失した・53歳・閉経50歳

この患者さんはすごくたくさんの不定愁訴を抱えていました。
不眠、冷え性、顔のほてり、疲労感、腰痛、手足のしびれ、頭がボーっとする・・・などです。
来院されたときは閉経から3年たっており、すでに骨量は低下、
コレステロール値が264mg/dl、中性脂肪が172mg/dlと高脂血症がありました。
エストロゲンは10pg/ml以下、卵胞刺激ホルモン(FSH)は84・8mIU/mlと上昇していました。
ご本人の了解を得てHRTを開始したところ、
1週間後には頭重感や頭がボーっとする感じが消失しました。
約2週間で疲労感がなくなり、不眠も解消してよく眠れるようになり、
また腰痛や手足のしびれも消失しています。
1か月後の血液検査で、エストロゲンは38pg/mlに上昇。
それにともなってコレステロールは246mg/dlに低下し、中性脂肪は143mg/dlと正常化しました。
このように、HRTを受けると1週間くらいから効果が現れて、
1か月もすると更年期障害の症状はほとんど消失します。
この方もとても調子がよくなられ、HRTを一時中止したいと申し出られました。
というのも、この患者さんには周期的投与をしていたのですが、
定期的な不正出血が出現し、それがいやだということでした。
まだ投与して1か月しかたっておらず、いまやめたらまたもとに戻ってしまうので、
継続をおすすめしたのですが、本人の意志が固かったため、
HRTを中止して漢方薬に切り替えました。
ところが1週間もたたないうちに再び体調がもとのように悪い状態になり、
HRTを再開したいと申し出られました。
現在は非常にお元気で、6か月後の検査では骨量の増加も認められたため、
喜んでHRTをつづけていらっしゃいます。

1か月でコレステロールが正常値に改善した・51歳・閉経51歳

不眠、イライラ、肩こり、抑うつ、めまい、動惨などを主訴に来院された患者きんです。
以前から高脂血症を指摘されていたそうですが、放置したままだということでした。
血液検査を行うと、コレステロール値は273mg/dlとやはり高く、血中エストロゲンは10pg/ml以下、
FSHは71・6mIU/mlありました。
エストロゲンが低下していますから、このままではさらにコレステロール値が上昇する可能性があります。
血液検査はほかに異常はなく、心電図、胸部レントゲンなどの検査でも異常が認められなかったため、
更年期による症状と判断してHRTを開始しました。
1週間後には「体が温かくなった」といわれ、20日目頃から
「気持ちが明るくなった」といわれるようになりました。
手足が温かくなる、気分が明るくなるというのは、
HRTを受けられた患者さんは皆さんおっしゃいます。
この患者さんも、はじめのうちは気分が落ち込んでいるようなところが見受けられ、
暗い感じで診察室に入ってこられていましたが、
やがてそういう感じがなくなり、とても明るくなられたのです。
やがて顔色もよくなり、肌につやが出てくるようになりました。
初診で来られた1か月前とは服装やお化粧の仕方も変わってきて若返り、あか抜けてきました。
肌の調子がよくなり、お化粧ののりがよ〈なったということもあるかもしれません。
約1か月後の血液検査では、コレステロール値は185mg/dlに低下し、正常値になりました。
不定愁訴もすっかり解消し、すべてのコンディションがよくなって、現在もHRTを継続中です。

ホルモンの貼り薬で副作用もなく肌もしっとりした・53歳

40歳て子宮内膜症と診断され、子宮と卵巣の全摘出手術を受けられています。
最近、肌が乾燥し、お化粧ののりも悪く、小ジワが目立ってきたことや、
性交時の痛みが気になり、別の産婦人科を受診されました。
そこでHRTを受けられていたのですが、吐き気、
むかつきなどの胃腸障害が強く、治療を中断して当院に来院されました。
胃腸障害の出ない外用ホルモン剤で治療を開始したところ、副作用を認めずに経過しました。
最初の頃は変化がありませんでしたが、2か月日から性交痛が消失し、
お肌もうるおってつややかになり、お化粧ののりも大変よくなってこられました。
最近では小ジワも目立たなくなり、人に若返ったといわれると大変喜んでおられます。
外用薬は胃腸や肝臓で代謝されません。
したがって胃腸の弱い人や肝機能が低下している人におすすめしています。
副作用が少なく、確実に穏やかに作用するので、だれにでも安心して使えます。
HRTの肌や性器のうるおいに対する効果には個人差がありますが、一般的にはゆっくりと現れるようです。
治療を開始してから、時聞がたてばたつほど着実に効果は現れてきます。